園芸コラム

高山性シャクナゲとの出会い

シャクナゲとの出会いは平成元年まで遡ります。ある園芸センターに行ったとき“キバナシャクナゲ“と書かれたサフロンクイーンを見つけ、大きな鉢を買い植えつけたのが始まりでした。何も知らない頃なので、しばらくの間この花をキバナシャクナと思い込んでいました。確かに黄色の花ですから“キバナシャクナゲ”の名札をつけてもおかしくはないですが・・・。ともあれそれがシャクナゲ との出会いでした。今思うと、この“キバナ”との出会いが、のちのちこのマニアックな世界に入り込む「刷り込み」となっていたのかもしれません。

偽キバナから始まり、次は西洋シャクナゲでした。何かに魅せられたように買いあさり、あっという間に庭中がシャクナゲになりました。平成元年に新築したので庭にはそれなりに芝生を張ったのですが目を楽しませてくれたのはほんの一瞬だけでした。

今ではほとんど名前を聞かなくなった古典的な洋シャク、日本シャクナゲの原種や交配種など手当たりしだい買いあさり、わずか数年で100鉢を超えていました。その当時のシャクナゲはまだ数本残っていますが、ほとんどは鉢植えなので早世となります。ある意味では、狭い庭なので適度な循環ができて幸いしたかもしれません。

少し変化が出てきたのは6・7年経てからです。見様見まねで交配をやり始めました。もちろん交配の目的もなく、知識は中学の理科レベルですからめちゃくちゃです。それでも結実し、種をまき、双葉をみては感激したものでした。そのうち何本かは花が咲き、見るだけでは飽き足らずそれなりに命名をして楽しんでいました。結局10種類くらいの花を見ましたが、今は何も残っていません。
平成8年にはJRSの会員になり、神奈川支部の集会に参加するようになりました。当然シャクナゲに対する考え方や情報等が、一変したことは言うまでもありません。シードバンクやプラントバンクあるいは、支部のオークションで市販では見たこともないシャクナゲが、手に入りさらに数は増えていくことになります。また接木技術や目的をもった交配のやり方を学び、レベルもそれなりに上がっていったと思います。

そして平成12年、急に埼玉に単身赴任することになりました。土日だけではこまめな手入れができないので対象を、高山性シャクナゲ栽培と八重咲きの育種に絞り込むことにしました。高山性シャクナゲについては、最初は抗火石や軽石の石鉢から始めました。これは今でも数鉢残っていますが、成果らしいものはほとんどありません。まずまずの結果が出たのは平鉢と素焼鉢の組み合わせによる二重鉢でした。ネモトやエリモハクサンなどその当時のものが今でも健在で、エリモは一昨年開花しました。目的が達成されると興味が薄れることは良くあることですが、二重鉢はちょうどこれに当たりました。そこに代わって出てきたのが断熱プラ鉢です。

断熱プラ鉢

石鉢にせよ二重鉢にせよ、先達が考案し栽培法も確立しているので面白みは今一です。何かオリジナリティーがほしい、そんな時ふと思い付いたのが会社で作っているFRP(フェノール樹脂)のパイプでした。断熱性が“ウリモノ”の工業製品なので高山鉢には、ピッタリではないかと思ったのです。さっそく加工して鉢にして見ました。これが断熱プラ鉢の始まりです。

ただ断熱性は抜群ですがプラスチックなので通気性はありません。それでいろいろと工夫し、行き着いたのは、鉢内径と鉢底径が同じ寸法の寸胴形でした。鉢底には鉢底ネットを敷き、大きな鉢底と合わせ通気性は抜群です。それと鉢底下の蒸れが気になります。そこで高台に横穴を開けて鉢底下の換気をします。用土は、鹿沼・日向・蝦夷・富士砂など均等に混ぜて、平成18年秋、3年モノのキバナを植付けて実験は始まりました。結論はあっという間に出ました。ひと夏も越せず、秋には惨めな姿となりました。惨憺たる結果に再チャレンジの意欲も失せ、断熱プラ鉢は次第に遠くなっていきました。

3年経過しました。この鉢とは縁があったのですね。平成22年秋、有機物リッチの用土にくるまれたハクサンが手に入りました。小さい苗だったのでその辺に転がっていた断熱プラ鉢に目がいきました。人生どこでどうなるかわかりません。

3年前の用土は火山礫だけだったのでスカスカでした。通気性が三重四重に効きすぎていたわけですが今回は有機物が適当に通気性を低下させ、ちょうど良かったようです。さらにラッキーが続きます。その頃は夏場の細菌の増殖防止に空気がよいとは知りませんでした。この鉢の“抜群”の通気性が細菌の繁殖を抑えたようです。偶然が重なり、ハクサンは無事夏を越しました。

ここで、この鉢と用土の間に適正な配合比があることに気づきました。平成24年春から、最適な配合組み合わせをみつけるため、用土の種類や配合比率を替え実験中です。現在、2度の夏越しをし、順調に生育していると言いたいところですが成長が今一です。もう少し冷却性があれば通気効果と相まって、よい高山鉢ができるのにと思うようになりました。

キューブポット改造鉢

そんなある日、園芸店をぶらついていた時キューブポットが目に留まりました。瞬間、これだと思いました。外は角形ですが、中は丸形で寸胴です。

鉢壁に穴を開けて鉢底を作ると形状的には、断熱プラ鉢と同じです。素材が素焼なので冷却性が期待できます。さっそく改造に取り掛かりました。底近くの穴は換気用です。その上の穴は鉢底を作るための針金用の穴です。見た目は悪いですが取りあえず機能を調査するには問題ありません。通気性は断熱プラ鉢と同じなので有機物リッチの用土にしました。キューブポット改造鉢は断熱プラ鉢の弱点を補い、十分高山用として使えることがわかりました。ただ所詮出来合いのキューブポット、サイズや見栄えに限界があります。

狭間寸胴鉢

そこで自分で鉢を作れば良いのではないかに至り25年1月、陶芸教室に通い始めました。芸術品を作るのではないので短期間で卒業しましたが、鉢壁の厚さ、鉢高さ、横穴の位置や大きさ・形などわからないことばかりでした。夏が過ぎ、秋が終わる頃ようやく手ごたえを感じるようになりました。ただ今でも作るたびに出来栄えが良くなるのでやはりこの世界は奥が深いと思います。もっとも実用品として捕らえれば機能は狙い通りになったのでほぼ完成といえます。

市販の素焼鉢は吸水性がありその気化熱で冷却することはよく知られていますが、薄肉なので断熱性に乏しく、またその冷却能力も小さいので使い方は限定されます。今回考案した厚肉素焼鉢は、通常の素焼鉢の3倍以上の厚みがあり、鉢壁が特殊構造なので断熱性や気化熱による冷却効果がかなり優れます。そしてその効果も厚肉の分だけ長時間続きます。さらにこの鉢は寸胴形の断熱プラ鉢の血を引き継いでいるので通気性に優れます。鉢底にネット1枚が基本ですが通気性の調整は容易です。鉢底のネットを2枚にすれば低下、鉢壁にネットを巻けば向上します。さらに、高台に狭間を開けています。これは鉢底下の換気をすることにより夏場の蒸れを防ぐ効果があります。逆に冬季は乾燥を嫌うケースでは、狭間にテープを巻いて防ぎます。

この鉢の名前の由来ですが、鉢の形状そのままに「狭間寸胴鉢(はざまずんどうばち)」と名づけました。狭間とは、城壁に造った弓・鉄砲をうつための矩形の穴を言いますが、鉢に開いた穴がこれと似ていたのでそこから取りました。

専門家に見てもらったところこの鉢に新規性があると言うので、この名前(商標登録)とこの形状の権利化(特許、意匠登録)を行いました。

高山植物の夏越し実験

平成25年は狭間寸胴鉢の完成が春を過ぎ、植替え時期を逸したので高山鉢としての機能試験が中心でした。平成26年は高山性ツツジ・シャクナゲの他経験の少ない高山植物にチャレンジしました。特に高山植物は植生が多岐にわたるため用土の選定には苦労しました。できるだけ複数の苗を乾燥・中間・湿潤に植え分けて、どの用土が適するか観察しました。平成27年も同じような方法で最適用土を見つけることになりますが、新しい高山植物にも挑戦しています。エゾツツジ、米ツツジ、イワブクロ、ヒメシャクナゲなどですが、特筆ものは青いケシと呼ばれるブルーポピー(メコノプシス・ベトニキフォリア)です。買うとき園芸店主から、「夏までには間違いなく枯らすよ」と折り紙をつけられた一品ですが、結果は間違いないものでした。これで終わるわけにはいかないので、さらにグレードの高い鉢を考案しまた挑戦したいと思っています。